編集室

 「原稿到着!!!」

2002年2月28日


メンバーから原稿が到着!!!

本日は第1回目の原稿締切日。ちゃんと到着しております(^0^)/

いよいよ本格的に動き出した!という感じです。私もウカウカしておれません。プレッシャーを感じているというメールも入っています(^^;)「読まれることを意識する」ってのは、けっこう緊張感がありますね。よくわかります。

でも、書かないと先へ進みませんもの。

HPは、読まれてもイイし、読まれなくてもよいわ・・・なんて楽な部分があるのですが・・・本になる場合には独特の意識が働きますね。そのプレッシャーを跳ね除けて書き上げましょう。

3月10日(日)は第2回目の編集会議です。その時には・・・の方も、せめて、顔だけは出して欲しいものと思ってまーす(^^;

編集会議の場所、及び時間(午後1時ころからかな・・・)は、後日連絡します。

 

 「能登の方言」

2002年2月17日


能登の方言を思いつくまま書き並べてみました。

それにしても、能登の方言は多種多様、まだまだありそうです。書き出すたびにフツフツと思い出します。

長い能登半島、同じような方言でも、七尾市と珠洲の先の方では発音や、意味のニュアンスが少しずつ違っています。今後は、市町村ごとの独自の方言も加えていきたいものです。編集参加メンバーがそれぞれの住んでいる市町村で使っている言葉をチェックして連絡してきています。

能登の方言を羅列したのは、こうした情報収集は基本的なことという理由です。情報を、例として「珠洲市で、○月△日、□◆が行われる」と言うことを並べるのは、集めようと思えば、それほど難しいことではないと思います。問題は、それを整理して、その中から私が感じたことを、どう表現したいのか、と言うことです。

私は「言語」について、詳しいわけではないのですが、こうして羅列するだけで、さまざまなことを感じています。ココでは詳しく書きませんが、「そうか」「・・・だったんだ」と思うことがいくつかあります。

情報を徹底的に羅列し、整理することで、もっと見えてくるものがあるような気がします。方言については、専門的に調査されている方を是非とも取材したいと思っています。今回の本に載せることが出来るかどうかは分かりませんが、私の中に芽生えた疑問点はいつか解決したいものです。

今は、頭の中を能登の方言が駆け回り、

「わろども」が「「てんご」ばっかりしていたころの思い出を、一寸恥ずかしく、懐かしく、思い起こしているところです。

 

 「インターネットと本」

2002年2月7日


「ネットでコミュニケーションとか情報交換できるがに、なんで、たいそい思いして本作らにゃならんのや?」

と、何人かの人に質問された私。・・・そうです。実際ネット上には「能登の情報」がたくさんアップされています。コミュニケーションも掲示板やチャットで楽しくできます。それに「能登の情報を載せた本」は旅行ガイド誌や週刊誌などの特集等たくさん出版されています。

「今更、本どま作らんでもエエがい。それも素人集めてダラでないかぁ〜」とまでも。(^^;

ネットにはネットの魅力があります。しかし、それはネットをやっている人だけのものです。現実にパソコンを持っていても、やれ「難しいし、よぉ分からん」だの「便所の落書きだ」「ウィルスだ」等と、未だに多くの人にとってはハードルがあるのを感じている能登の手です。機会があってパソコン初級教室で20数人教えましたが、その中で今実際にネットを活用している人は1割です。

「ネット上の本でもイイんじゃない?」
これも考えました。でも、ホームページを苦心して作っても、アクセス数も少なく反応が無いことも身をもって感じています・・・経験上、(^^;)馴染みの人だけで盛り上がるのも悪くは無いのですが、気がつくと一寸寂しかったりします。一応、本業のHPでは「染め帯」のオーダーや大きなタペストリーの注文、CGの依頼などもあって「おぉ、ネットビジネス!」と喜んだこともあるのですが、正直なところ、多くの人に見てもらえるサイトを作るというのは、なかなかむ難しい!というのが本心です。

尤も、1年間で驚異の6000万ヒッサイト『侍魂』のように魅力のあるHPを作る才能があれば別ですが。ちなみに私は『絵日記でもかいてみようか』もお気に入りで、ほぼ毎日見ています・・・話が脱線(−−;

ネット上で話題になって出版された本も沢山あるようです。最近では「世界がもし100人の村だったら」でしょうか・・・本の実物を見て、なんだか乱暴な作り方と思えて買う気がなくなりましたが(^^;)立ち読み5分で終わりそうです。

能登情報誌の本を作る趣旨は↓2月1日にも書きました。

住んでいる私たちの目で見たもの、心で感じたものを、ちゃんと記録しておきたいものだと思う。そして、能登に住みながら、身近にありすぎて知らないこと、気づかないこともあるのではないか。もしかしたら、本当に良いものを見失っていることもあるのではないか。

私は元来「もの作り」の人間なので、「形のあるもの」として本が好きなのです。もちろんネットも好きですが、老人や子供たち、ネットをしない人にも読んでもらいたいと思っています。ネットを利用している人にとってコンピュータはとても便利な情報源ですが、今のところ、ネットで情報を得る人よりも、ネット以外で情報を得る人の方がはるかに多いのですから。

ネットで行うほうが良いこと、本で伝えるほうが良いこと、ネットでしか出来ないこと、本でしか出来ないこと。それぞれあるようです。それぞれの良さを有効に使うことが出来れば、もっと良いはずです。ネットと本を連動させる事で「能登の情報」を、より充実した内容に出来ると思っています。

今はまだ、気持ちだけですが、「能登に住んでいる人だから作ることの出来た本」「能登に住んでいる人にしか作られない本」というのを目指しています。・・・皆さんの力を、お借りして。

 

 「リンク集」

2002年2月5日


只今、能登のリンク集を作成中。

能登のホームページもずいぶんと増えたものです。リンク集を作ろうと取り掛かったのですが、ちょっと仕事量が多すぎ(^^;)・・・ココは七尾の「源さん」の能登関係リンク集を載せておくことにしましよう。ニャハハ、手抜き・・・m(_ _)m おぉ〜い、源さん、無断でリンクしました。一日も早い復帰を願ってますよ。

そうこうするうちに、和倉出身の「みーこさん」が七尾在住の「kikuさん」を紹介してくれました。これで、七尾市から珠洲市までのラインができました。まだ間の町は抜けていますが、将来的には、各市町村1〜2名の方に参加してもらえるようになりたいもの。奥能登だけでも長い距離があります。

同じ能登の方言でも珠洲と七尾では、語源の違うものもありそう。内浦町には能登の方言をつぶさに調べている方が広報で発表されていると「NONYさん」から報告がありました。いつか、ぜひお会いして取材したいものです。

能登の情報を本にするつもりが情報を頂いて、まずこちらが学ぶことに!能登に住んでいるのに知らないことがたっぷりとあります。うううう・・・大丈夫か>私(^^;)

 

 「募集中」

2002年2月3日


気が付くと、
情報誌の「タイトル」が決まっていませんでした・・・(^^;

このページをご覧になった方、編集参加メンバーの皆さん。

タイトルを募集!!!します!

そうだった・・・思いつかなかったので、仮に「能登」としていただけでした(−−;

編集参加者の皆さんは、2月10日の編集会議で「書きたいことを」言ってください。それぞれの参加者に、少なくとも1ページ分のスペースは確保しておきます。内容によっては、他の皆さんの協力によって「ミニ特集」を組む場合もあります。只今「段駄羅」と「能登の温泉めぐり」が出ています(^^

人間一人で考えていても、なぁ〜〜んにも思い浮かばないものですね・・・って、私の場合ですが。ココは皆さんのアイディアに助けていただきましょ〜〜う(^^

 

 「身辺整理」

2002年2月2日


役員辞退

今を去ること2年前、地区の「壮友会」の副会長を受けることになった。この会は青年団と老人会の中間に当たる集まりで、私が最年少。本日の総会で2年間の副会長を無事終え晴れて開放されると思ったところ、よくある話で「会長」ヘ、スライドという話になった。

・・・実はこの会長、受け手が居なくて2年前にも紛糾した。私が副会長を受けたのも、拒否しつづける先輩を、会計と3人でセットで「限定一期二年」という条件だった。が、メンバーは「そんな約束」をコロッと忘れた様に、当然のごとくに指名してきた(−−;

「男の約束」だと、ガン!と拒否し続けて(かなり危うい状態だったが)身軽になった。あおりを受けて、拒みきれずに会計が会長に押されて受けることになった。
申し訳ないm(_ _;)m

さて、本日、もう一つ別の会合があった。小学校の次年度PTA役員相談。私は欠席したのだが(妻が行った)、僻地の小学校は児童が少ない。当然、親も少ない。うっかりしていると会長、副会長などを押し付けられる(−−;)・・・自営業の私は平日の日中に出かける役員は絶対に出来ない!!!こちらの都合が通用しない係りは、してはいけないという鉄則(?)に基づいて立ち向かわなければならない!(夜の会合ならば胸を張って出かけるのだが・・・^^;)しかし、どうやら・・・次の会合では欠席すると役員を押し付けられるらしい。オイオイ。

ううううう、今の私、身辺整理をしなければ身が持ちません(^^;)これ以上仕事を増やすと本業に差し障ります。「すでに!」という声が聞こえてきそう・・・。

というわけで、少しお酒の入った頭で、あれやこれやの中で溺れる能登の手でした。

 

 「発意!?そして・・・」

2002年2月1日


能登に暮らしている者として

かって、日本全国各地の市町村で、あそこの市にもここの町にもタウン誌が発行されていた時期があった。そんな中、能登にもいくつかの本があった。例えば市町村の助成を受けて、あるいは営業目的で、あるいは地域おこしのために。

私の住む町にも「Wassa!]というタウン誌が発行されていた。そして、私も、それに参加していた。4号ほど発行され、いつしか自然になくなってしまったが。穴水町のタウン誌は「若者定住促進事業」の一環だったように記憶している。

若者ではない私は(^^;)、日々の暮らしの中、そうしたことも忘れてしまっていたが、昨年の暮れ、立て続けに「発行しよう」と言う声が聞こえてきた。オイオイ、それってオレにやれって言ってるんだろ〜〜(−−;

・・・市町村合併が現実となってきたこんな時期、今更タウン誌でもあるまいに。

ん?待てよ。今ならパソコンを使って自分でレイアウトが出来る。デジカメを使えば写真代金も安く上がる。編集も楽かも知れない。・・・それって魅力!(ソフトを覚えれば、の話だが)(^^;)・・・私の中で消えていた焼けぼっくいに火がついたように、次々とアイディアがまとまってきた。そうだ、ネットで編集者を募集しよう!!!(^^;

市町村の枠を超えて「能登」を1つの単位で考えるとき。ネットの中には色々なアイディアを持った人や文才のある人材がいるではないか!

ということで、「情報誌・能登-(仮称)-」を発行するべく動き出した。多分、そう簡単にはいかないとは思うけれど、1年に1冊か2冊出すことが出来ればよいのではないか。それならば、じっくりと取材も出来るし、仕事の負担も少なくてすみそう・・・。甘い!!!

能登を紹介する商業誌、PR本は沢山あって、中には良い本もあるけれど、なんだか、住んでいる私たちの思っている事と違うことを平気で書いてある本も多い。それが商業誌と言えばそうなのだが。

住んでいる私たちの目で見たもの、心で感じたものを、ちゃんと記録しておきたいものだと思う。そして、能登に住みながら、身近にありすぎて知らないこと、気づかないこともあるのではないか。もしかしたら、本当に良いものを見失っていることもあるのではないか。


もう一度自分自身の住んでいる能登を見つめ直してみようと思います。

みなさん、ご協力、ご指導、よろしくお願い致します。m(_ _)m

能登の手

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