皆さんから、このページに載せる文章を待ってます。

今のところ、能登の手の個人的日記状態(^^;

マンサク(万作)の花

 「いしる談議・・・ごくり(^^」

2002年3月27日


3月25日夕刻。輪島あえの風「いしる談義」へ。

会場の「まだら館」2階会場は30名の定員で埋まっていた。

入り口で、先日我が家へ訪問されて「いしる」や「方言」「合鹿椀」など「民芸」の話で盛り上がった七尾市の社長さんと、そのメンバーの方に出会う。「いしる」は能登独特の魚醤油(うおしょうゆ)。能登に住んでいる者としては、「いしる」について一言も二言もある(^^)う〜〜ん、「いしる」通と言うかマニアのような集まりかな?

輪島商工会議所青年部長の司会で6時過ぎにはじまった「いしる談議」。七尾から珠洲まで「いしる」に関心のある人の集まりだけあって、皆さん知識はもとより製造方法から裏話まで盛んだ。

地酒の「濁り酒」で乾杯!いしる鍋に火をつけると隣に座った造り酒屋の奥様も「いしる」について話してくださった。内浦と外浦の「いしる」は、一寸違う・・・(^o^)(^0^)

やがてぐつぐつと鍋が煮え始めると、湯気とともに「いしる」特有の香りが立ち上る。くんくん、おっ!この臭いは「イカいしる」かな?ご膳の上にはイカの刺身用に割った「いしる」。フグの身と皮をキムチと「いしる」であえてある。美味!!!その他もろもろ・・・すまん!一つ一つの説明ができないボキャブラリー不足を許して欲しいm(__)m

「いしる鍋」が煮えあがると、ハフハフと貪り食う私。野菜が上手いんだ!う〜〜ん、ここで地酒をキュッ!・・・という訳にいかない車族。くぅ〜〜〜(ーー;

ここは、「合鹿椀」に盛られたご飯を美味しく頂く。これがまた、イインダ!

「輪島まだら」あり「むぎや節」あり、私は食べるのと写真を写すのと話を聞くのとに大忙し!あっという間に2時間が過ぎた。えっ、えっ、(^0^;)話し足り無いよ〜〜〜お〜〜、もっとイロイロ聞きたいのに!

う〜〜ん、文章を書くだけで、ヨダレが、ずるぅぅ〜〜と出てしまう(^^;)

「いしる」については情報誌に詳しく掲載したい(^^)只今取材中!!!とどめは3月31日に第3回編集会議をかねた「いしるパーティ?」・・・むふふ・・・楽しみだぁ〜。

 

 

 「能登の春」

2002年3月16日


久しぶりに珠洲市へ足を伸ばした。
本業(染色)の仕事と取材をかねての1日だったが、漠然とドライブするときと違って「テーマ」を持って能登を見ると、これはけっこう新鮮だ。

今日のような穏やかな春の日。私の住んでいる地域は富山湾に面していて、海は「まるで湖のよう」と言われるほど1日中の凪ぎ。こちらを「内浦」という。これに対して日本海に面した富来町から門前町、輪島市から珠洲市の方は「外浦」といい、断崖のように削り取られた斜面が海に向かっている。

岩肌を露にした海岸に打ち付ける波は、飛沫を白く、くっきりと描き、ドドーンと音を立てて襲ってくる。

今の冬は雪も少なく比較的すごしやすかったが、鉛色の雲が重く垂れこめた空、西からの風が吹き付け、横殴りの雪が降る。そんな冬を越えて、ようやく木々に赤紫色の新芽が出揃う。遠くから見ると山々がフワリと新芽の色のベールをかぶったように色付いている。いつか、この彩りをカメラに収めたいと思い続けているが、なかなか難しい。

能登の春、カメラで収めるより絵で描いたほうが楽かもしれない・・・。いやいや、こうした空の下、能登の大地に暮らしている人々の姿も、きっちりと残しておきたいものだ。

左は「木の浦海岸」近くの曲がりくねった道。「しし岩」と呼ばれる巨岩が、山の上から海に向かって突き出ている。右下に車が走っているので大きさが分かるが・・・ちょっと怖い。これまで何度もこの道を走っていたが気付かなかった・・・冬以外は緑葉に隠れていたのだろうか?

先日は七尾からのお客様、今日は珠洲をひとまわり。う〜〜ん、奥能登だけでも魅力的な情報はたくさんある!・・・問題は取材して表現する私の能力があるかどうか?だな・・・(^^;

 

 

 「原稿締め切り」

2002年3月14日


普通、原稿の締め切りというものがあって、執筆編集者はその締め切り迄に何とか書き上げようとするはずだが、どうやら、この編集部は、そうではない・・・。

「私、原稿を3月30日に持ってきます」
「へっ?」
「いいですよね!」
「あ、う、・・・ハイ」と応えた私。

あのね、この本いつ出版するんだ?・・・弱い私(−−;

う〜〜〜ん、ということで、原稿の最終締め切りは

3月30日!です!

さりげなく発行予定を5月に変える能登の手であった・・・

これが限度です!

 

 

 「一段落」

2002年3月4日


週末は本業が忙しく、イベントなどの予定していた取材に出かけることが出来なかった・・・残念(−−;)しかし、これで1段落。(次の大波が来るまでだが・・・スグに来る!)

能登の方言の記録も、この辺で1段落付けたい。まだまだ思い出した言葉はあるのだけど、私自身が意味を表現できないものが結構有る。これはボチボチと詳しい方に教えてもらい、分かり次第載せていこうと思う。

方言を並べているうちに思ったのだが、能登の言葉の成り立ちについていくつか分類することができそうだ。推測も含めて。
1)都市(京都:関西方面からと関東方面の言葉)からの伝来
2)アイヌ語の名残
3)朝鮮半島からの言葉
4)海から(北前船、渡海船、漁業関係)の言葉
5)能登地内で発生、発達、変化した言葉
私が想像できるのはこの程度。

また、かっての生活様式や社会状態、人間関係がおぼろげながら見えてきた(気がする)。これらの言葉を時代別に区分したり生活様式や儀式などで区分すると面白そう・・・しかし、それだけで大きな仕事になりそうなので門外漢の私としては、やはり集めるだけにしておこう(^^;

ウチの地域の方言で記載していない言葉がある、という方は是非お知らせ下さいm(__)m

順次、追加記入していきます。

あ、そうそう。「つらら:氷柱」「肩車」「あぐら:胡座」「メンコ:かるた」「背負子:しょいご」など、能登の各地でも大きな違いのある言葉があります。こちらの方もぜひ教えてください。

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