2003年12月

情報誌「能登が好きVol.1 Vol.2」編集部

能登の暮らしと文化を見つめる 2003

 

 

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能登草木の染め研究室

 

 ●12月18日(木) 地域学とは?
 
『能登が好き』という本は『地域学』を実践しているのか?と、知人に言われ「地域学って何?」と尋ねたのはお盆の頃だったか・・・。

『地域学』とは、ここ数年各地で「暮らしている自分達の町を学ぼう」という動きを称して言うらしい。詳しくは検索で・・・(^^;)郷土史や考古学という知識をはじめ、地域を見なおして今に生きていることに活かそうとするものようだ。こういうサイトが分かりやすいかも知れない。

『能登が好き』は能登が好きな人間が、それぞれ「能登の好きなことを学び活動した事を発表する場」だから、そう言えなくもないけど、この本は学問というには程遠いものだし、また、それを学というにはおこがましい。それに、私は能登の歴史や町の成り立ちに詳しい方ではないし、それは図書館へ行けば分かる事だから『能登が好き』に書くつもりもない。歴史の中から何を学ぶかといえば今を生きることだろうか。『能登が好き』は、私たちの今を記録する本でありたいと思う。

先日『能登が好き』の編集会議をおこなったのだが、『なれずし』の試食会でメンバーが持ち寄った色々なナレズシを食べて驚いた!おお!初めての出合いもあるではないか!うむむ・・・その味を噛み締めてつくづく能登が好きで良かったと思った。・・・単なる食いしん坊か?(^^;

本来夏の食べ物の『スシ』が、この時期でも、こんなに集まることが不思議だ。それを集めてくるメンバーのエネルギーが嬉しい!

 
全てを食べてみる、この真剣さ!!!悩んでる人もいるぞ・・・(^^

1,2号で読者から「能登に暮らしてる人にしか書けない記事ですね」という感想を幾つか戴いて、私たちの書けることはそれしかないのだと思っていた。そして、「ナレズシ」に関しても、ようやくそんなコメントが書けるようなところまで辿り着いた。・・・5月末に漬けこんだナレズシ、8月のお盆と祭で何件ものお宅のものを食べた。そしてもう冬のカブラズシを食べる時期になった。うむ、もうすぐお正月ではないか・・・。外は激しく霙が降っている。本格的な冬を迎えて

 


何故、こういう事をやるのか?

うおぉおおお〜い。

地域学とは、それでも良いはずだ!・・・多分・・・かも・・・かな(^^;

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 ●12月12日(金) 能登の「原風景」って?
 
緊急アンケート

最近、観光用の「能登キャンペーン」に使われる言葉に、「ふるさとの原風景を残す能登」などというコピーが使われるようになりました。
原風景という単語には、昔ながらの、のどかな景色を懐かしむばかりでなく、四季折々の自然、暮らし、風習、行事なども含めて観光地の地域資源としての活用の意味付けもあるようです。

「能登が好き編集部」では「原風景」を、
『記憶に残る風景、潜在意識の中に刻み込まれた出来事、それぞれの人にとっての故郷の心象風景』という意味で、皆さんにアンケートをお願いしています。
★貴方にとって「能登の原風景とは?」どんなことでしょうか。
1:具体的なイメージを教えてください
2:性別と年齢(20歳未満、20歳代、30、40、50、60歳代以上)を教えてください

お答えはこちらまで→E‐mail 

 


ふるさとの「原風景とは」、

・・・なのでしょうが・・・。

そういえば、今年は能登の風景を「癒しの風景」と表す言葉が使われた1年だった。「和みの大地、癒しの海」これは、昨年末「能登が好き」で使ったコピーだけど、「癒し」とは、「貧しさの代名詞」、「何にもない風景」という意味だと言った人もいたなぁ〜(^^;

先日のNHKプロジェクトXで「襟裳の春は何もない春です」の歌に怒っていた場面があったけれど、かって「能登はいらんかいね」という歌が流行った時に、そのフレーズに「能登がバカにされているようで嫌」と怒りを感じると言った人もいた。かと思えば、能登の歌が嬉しいと喜んでいた人もいた。実は私も、嫌な感じを覚えたほうだったが、能登のPRになるからイイかぁ〜と思うことにしたのだった・・・。(^^

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 ●12月2日(火) 能登の「原風景?」に出合う
 
懐かしい風景に出会った。
能登に暮らしていても忘れていた光景だった。

・・・そうなんだ。囲炉裏から立ち上る薪の炎と煙の中に、かれこれ40年以上も前の記憶が甦ってくる。私はオジジ(お爺さん)の膝の中に座り、火箸で灰に絵を描いていた。「おぉ、まいまい。(上手い、上手い)はしかい(賢い)子や」と誉められ得意げに色々な絵を描いていた。

へんなか(火の中)のアワブキの木からは、ブクブクと蒸気が立ち上っていた。時に、バシッ!と炎が跳ねた。オジジは庇うように私の頭を撫でて、湯呑にお茶がなくなると何度も入れてくれた。

自在鉤の元には大きな五徳があった。大鍋の中には蕗が炊かれていた。竹串に刺した魚を焼きのちょうど良いタイミングで裏向けに返すのが、5、6歳の私の仕事だっただろうか。

母の実家の祭に行くと従兄弟が集まってきた。この囲炉裏のある部屋で一人一人に「箱ごぜん」が並べられた。5、6歳の私にも一人前のセットが与えられていた。今思うと、それが気恥ずかしくもあり嬉しくもあったのかも知れない。当時の食器は食べた後お茶を入れて飲んで1日そのまま使っていたような記憶がある。

20人も集まった従兄弟達と座敷で相撲をとった。姉しか居なかった私は年長の従兄弟たちと遊ぶのが嬉しかった。座敷に吊られた「カヤ」の中で疲れ果てるまで騒いで、叱られて眠りについた夏の夜もあった。

・・・。11月30日、能登島の「草つりの家」で昼食をいただいた。囲炉裏の炎の中に45年前の記憶が浮かび上がる一時。

私の中に「能登の原風景」の一つが甦った。

かって、能登にも「結い」という風習があった。今、新たにそれを行なっている皆さんが居る。

 

 


写真のお母さんは、田舎の人間関係が鬱陶しくて、長い間ずっと町に出て仕事をしていた。幾つもの出来事と時を経て生家に戻り、今、老いと向き合っている。嫌っていた田舎の暮らしの中で近所の人たちと「結いの会」をつくって暮らしている。

囲炉裏を前にして

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