2004年

情報誌「能登が好きVol.1 Vol.2」編集部

能登の暮らしと文化を見つめる 2004

 

 

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能登草木の染め研究室 ご意見

 ●4月30日(金) 私のウィルス対策・・・大丈夫か?


メールについて

 

★再掲の部分が多いのですが、ウィルスに関しての幾つかのお問い合わせに答える形とします。(別ページにし立ててて「NotoNote」サイトのトップページからリンクで直接行けるようにしました→メールについて


あまりにもウィルスメールとスパムが多いので、次のような方針を採っています。

「能登の手(私)」へメールを送信する場合

○無料サービスのメールを使用している方は、こちらのアドレスへ送信してください。

こちらフリーメール


notonote@jeans.ocn.ne.jp へのメールは本名を書くことが出来る方のみ送信してください。こちらのアドレスに届いた知人以外の匿名メールは基本的に読みません。
無料サービスメールを使用のもの→無料メールには無料メールで対応します
件名が日本語でないもの→削除します
添付ファイルのあるメール→件名に「○△□の写真添付」などと記入してください
◎開封してもハンドルネームのみのメールの場合、削除します(知人のは読みます)

草木染めに関する質問は住所、氏名、電話番号を書いてあるメールにのみお答えします。
草木染め情報の無断使用などがあった為、ハンドルネーム等のみ記入のメールには返信しませんので悪しからず。

★このアドレスから発信する私のメールは本名で送っています。


 

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 ●4月28日(水) 美女二人と2時間を過ごす


 

 

モデルのような女性が2人

・・・タイトルに深い意味はありません(^^;)左の写真、我が染め工房に似合わない程の美女お二人です。

本日、2時間にわたり草木染め体験を行ないました。いつもは妻が講習するのですが、営業で出かけているので私が教える事に。

昨夜、能都町の「民宿ふらっと」さんから電話があり、「女性2名、明日の午前中に草木染めできますか?」と。詳しく尋ねると東京とドイツからのお客様との事。

若い女性・・・ドイツ・・・。最近、奥能登の《強引な老人男性》の事ばかり考えていた私は、迷うことなく了承したのです。(^^

朝9時28分「のと鉄道・古君駅」に降り立った彼女たち。身長170cmを越える女性はドイツ在住のプログラマー、165cmほどの女性はドイツから帰ってきて某国○△□に勤務するとのこと。なぜか草木染めを体験してみたいとのことでした。(お二人ともネットに載せてOKという了解を得ています)

化学染料は1色を30分で染める事ができるけど、草木染めは2時間かかります。化学染料の製造国ドイツ。そのドイツ暮らしの長いお二人には、草木染めのイオン結合や色素の理論が「分かりやすくて良い」と言ってもらえました。・・・普通は、この理論をあまり詳しく話す事はないのですが(^^;)

ドイツはグリーン・ツーリズムの本場です。小人数で自然の中、リフレッシュ休暇を取って能登の旅行。もっともっとPRを勧められました。ドイツの若者、自然の話、着物の話・・・ヌカいわしとイシルの話。

2時間話し続けたお二人。主にその8割は一人の女性が受け持ってくれましたが。口下手な私が(?)若い女性とこんなに沢山話せるとは思いませんでした(^^;)・・・次に能登に来る時には、旦那さんと4人で遊びに来て貰えそうです。

あぁ、ちゃんと2時間、手も動かし続けてアカネ染めのハンカチが出来ました。私の講習でも、ちゃんと出来ます(^^

あっという間に次のスケジュール。門前町、総持寺へ。

のと鉄道・古君駅11時22分発〜穴水着11時50分。門前へ行くバスが穴水発11時50分・・・これって乗れますか?
1日に何本も運行するバスじゃなし・・・列車が着いてから5分後に出発するような配慮が運行ダイヤにあって良いと思いますが・・・。

穴水町内に用事のあった私は二人を乗せて穴水駅へ。この用件が無ければ、今日の講習は実現できなかったと思います。


笑顔の染め体験をパチリ!

いつもより染め上りが濃い?

オリジナルハンカチ完成!

駅までの道中20分間も話し続け・・・いつまでも会話していたい感じがしましたが、バスに乗った二人に手を振ってメールを貰う約束をしました。


若い美女2人とメル友になれそうです! 

とても楽しい2時間でした。

《5月3日、本当にメールが来ました!!!\(^0^)/!!!》

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 ●4月27日(火) 私が町の合併で言いたかった事



最近、穴水門前両町で、「第11回合併協議会・平成16年3月10日・会議録」をダウンロードしたコピーが「おもしろい」というので、かなり読まれていると聞きました。・・・(^^;)こちらから

この先、町の庁舎の場所であるとか、議員定数、課の配置等が話題になりますが、実は見て欲しいものに「新町の建設計画」というのがあります。どこの町でも「総合計画(10年計画)」を立て、形の上ではその計画に基づいて予算をつけ事業を行なっていくのですが、新しい町の総合計画の基ともなるものが「新町の建設計画」です。

計画通りになるわけではないのですが、新しい町の今後の基本方針があります。穴水町の委員を中心に活発な意見が出されました。町のこと全般が網羅されていますが、「1・人づくり・ものづくり 2・教育・福祉充実 3・地域活性化 4・交流促進 5・住み良い生活環境づくり」という重点プロジェクトがあります。

これらは特に目新しいものではありませんが、「町を支えるのは暮らす人、町をもっと知る、人を育てる、ものを作る、町の人の声を反映させる」という内容が織りこまれています。そこには、合併による住民の不満や苦情、不公平さを反映させる「町づくり委員会」や、住民による町づくりの為の「住民ディレクター制度」なども重要視されています。

ともすれば、施設や道路、観光にイベントや賑わい創出という派手な部分が目立つのが町づくりですが、その元になる住民の暮らしや文化を最も大切にして欲しいものです。


そんな視線で、町を見たとき、暮らしている私たちも知らない能登の魅力が沢山あると言えます。昨日の春祭もそうでした。


穴水町中居地区の春祭。

夕闇迫る頃。家々の提灯の明りが連なり、私をその「魅力」へ誘(いざな)っているようでした。

 

 

この辺りは昔ながらの家並が残っていて、とても風情のある集落です。

棟を並べる家々は家紋の入った提灯に明りを入れ、玄関には同じく家紋の垂れ幕を飾り、それぞれの家の座敷には「御見世」として「屏風」や「生け花」「茶器(中居鋳物)」をあしらい、「御神燈」「お神酒」を供えて氏神様を迎えています。神主と共にお神酒を戴いている正装男性は氏子総代でしょうか。

 

暮色濃い中、御神輿しは「つら〜つら〜ちょうさ〜」という掛け声で集落を練り、氏子は揃いの白装束で御神輿を動かしていました。

ちなみに、御神輿の掛け声で、早足は「やっさい!やっさい!(弥栄!弥栄!)」ゆっくり歩く時の「つら〜つら〜ちょうさ〜」とは、穴水を治めた長谷部信連(はせべのぶつら・1147〜1218年)・・・その子孫の穴水城主・長正連(ちょうまさつら)のことを「連〜連〜長様〜」と言ってるのか?「長家の繁栄を連なれ〜」と言ってるのかもしれません?・・・(穴水の地域では、この説があるのですが、その後、「ちょうさ」の掛け声は全国的に分布していることや、名称として「山車(の一種)」や「太鼓台」を示す意味もあることが分かり、掛け声の意味は不明と追記しておきます。2004年4月末)

この地区は、かって鋳物で栄え北前船によってもたらされた文化が残っています。居間を開け屏風等を見せるのは、若い頃10年間暮らした京都の祇園祭を思い出させてくれました。

能登の祭といえば「キリコ」「デカ山車(ヤマ)」などですが、こうした小さな集落の風情のある祭も魅力があります。・・・空き家や老人だけの家なのか、提灯が出ていない家が何件かあったこと。この集落も神輿を担ぐ若い人が居ないのか、タイヤを付けて動かしていました。・・・風情とは違った寂しさと悔しさを感じながら帰路に付いた夜。

 

 

ホントのところは、

で、気が付くと、住んでいる地区の公民館の会議に遅れたのでした(^^;

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★穴水町・門前町の合併を紛糾させる北國新聞の記事に対して抗議する。はこちら

 ●4月26日(月) 私へのメール



本題の合併問題と主旨が離れますが、毎日すごい数のウィルスです。

今夜は笑ってしまいました。

・・・笑い事ではないのですが、「なりすまし」で私が送信者になっているウィルスが私にも届きました(上の画像)・・・。オイオイ(−−;) これは、「なりすまし」で私を名乗ったウィルスメールが色々な人へ送られている証明ににもなりますね(^^;)・・・私は無実ですよ!!(^^

 

お願いです。

もちろん、私も、そうしています。

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さて、本日は地域ネタ。午後7時30分〜。私の暮らしている地区公民館の年間の運営委員会が開かれました。その実行委員会の委員の参加者は名簿記載53名中約40名・・・名誉職のような方も名を連ねていますから、実際に活動する人の殆どが出席していました。公民館職員以外は全て、社会活動の裏方、つまり無報酬で参加している人ばかりです。この町外れの地域の社会活動は、こうした人によって支えられています。

その公民館の実行委員会に遅れてしまいました。理由は別の地域で春祭が行なわれていて、その写真を撮るのに夢中になっり時間を忘れていたからです。(−−;

写真は・・・明日。春祭の情報をありがとう御座いましたm(__)m


 

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 ●4月25日(日) 届かない声(その2)

 


合併で関心を持たれるものの一つに議員定数があります。

現在の穴水町の議員定数16人。門前町は14人です。
穴水町(人口:11,267人)・・・議員定数(16人)・・・(人口:704人に議員1人)
門前町(人口: 8,150人)・・・議員定数(14人)・・・(人口:582人に議員1人)
これからの協議会で議員定数も決まりますが、議員定数15人から人口との比率を見てみます。(人口は2000年の統計・議員の法律上の上限定数は市や町の規模によって決められている。鳳町の場合22人)

鳳(新)町
    (人口:19,417人)・・・議員定数(15人)・・・(人口:1,294人に議員1人)
    (人口:19,417人)・・・議員定数(20人)・・・(人口:  970人に議員1人)
    (人口:19,417人)・・・議員定数(22人)・・・(人口:  882人に議員1人)
参考までに最近の合併協議会で決まった他の市町の議員定数
七尾市(人口:63,963人)・・・議員定数(30人)・・・(人口:2,132人に議員1人)
志雄・押水(人口:15,891人)・・・議員定数(16人)・・・(人口:993人に議員1人)

全国的に元の議員数を合計した半数以下の所も(法定定数の上限もあるので)多くなっています。合併には経費節減の目的がありますから当然です。都市部に行くほど議員1人に対する人口の比率は大きくなります。数字の上では500人の声を1人に託す状況から1000人の声を1人に託すわけですから、住民の声は届きにくくなるとも言えます。ただ、議員の数が問題ではなく、議員の質が問題ですが・・・。

能登は、国や県の方針を素直に受け入れて苦情を言ったり抗議をする事は少ないところです。住民運動というものを殆ど聞いたことがありません。私も1度も参加した事はありません(((^^;)言うまでもない事ですが、合併してもしなくても「住民の声は届けるもの」、「届けないといけないもの」、そして「行政は届きやすい状況を作る事」です。

総務省や町の合併パンフレットには、「合併で、住民参加の町づくり」「合併で起こる様々な問題は、行政と住民の会話で解決しましょう」とあります。


 

つまり、それは、

たぶん、今まで以上に・・・。

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 ●4月24日(土) 届かない声

 


4月20日は地区の春祭でした。
祭礼の儀式が終わった後、氏子総代60〜70歳代の男性が10人ほど残り後片付け。いつものように囲炉裏の残り火を囲み、お神酒のお下がりを戴いて地区のことや町のことを話た時の事です。

その中で「町の合併」の話しも出たのですが、ここでも合併に賛成と言う人は一人もいません。逆に「アンタ、委員てことは、賛成なのか?」と責められるような雰囲気でした。基本的に私は合併に賛成か反対かを主張する気持ちも主義も持っていませんので「合併をしないでこのままいくと町は遣り繰りが苦しくなる。町、町議会が決めた合併の中で、私の気持ちと地区の声を伝える事が出きれば良いと思い委員を受けた」と。

昭和30年(1955)に、この地区(旧諸橋村)は鵜川村(現在の能都町鵜川)との合併が破綻した結果、穴水町と合併したといういきさつがあり、年配の人には今もその時の記憶があります。

「どっちにしても、町の端っこは、割(割合が)悪いぎわい」「鉄道も、のおなるし(無くなるし)どーすこっちゃいや。病院も行くが都合悪いぞ」「いまに(そのうち)学校も、のおなるやろし、若いモンに居(お)れ言うても、居らんわいや」

子供が最も多かった頃(団塊の世代)全校で500人ほどいた児童は、今全員で30数人、複式学級になっています。地元にあった中学校が統合されたのは忘れるほどずっと前ですし、保育所は今年3月に閉じられました。小学校の統廃合も数年後にあると見ています。

この年代の人は政治に詳しく、「グリーンピア」(年金福祉事業団の大規模リゾート施設)の売却話や郵政の民営化等の話を一巡り。けっこう政治不信のご様子で、昨日書いた最後の言葉、「政治家なら真っ直ぐな太い道路をどーんと引いてみせる」は、ここで話した一人のお爺さんの言葉でした。(^^;)

結局、最後は「町会議員に言うて、ここだけ能都町と合併すっぞ」「それ、一番いいな」

・・・私、逆らいませんでした。・・・今回破綻した場合、それも良いかな、と。(^^)小さな社の囲炉裏を囲んでの話。

どこまで届ける事の出来る言葉か、届かない声なのかもしれませんが、2005年3月までの「かけこみ合併」・・・国の方針自体、町も、もう少し地域に考える時間を与えるべきではなかったかと。 今更ですが。


 

町外れの人の声は、

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 ●4月23日(金) この先の過疎の進み具合

 


もう少し状況を振りかえってみたいと思います。
「過疎が進む奥能登」と大げさに書いているような感じがしますが、どの程度の過疎なのか?この先どれ程人口が減るのか?(参考:統計情報研究開発センター「市町村別将来推計人口」)

地 域 2000年 2010年 2015年 2025年
穴水町 11,267 9,346 8,352 6,507
門前町 8,150 5,548 4,541 2,833
(新)鳳町 19,417 14,894 12,893 9,340
柳田村 4,510 3,718 3,318 2,574
能都町 11,433 8,711 7,496 5,356
小計 35,360 27,323 23,707 17,270
輪島市 26,381 21,718 19,381 15,023
珠洲郡市 27,577 21,565 18,802 13,756
※珠洲市(約19,850)内浦町(約7,730)2000年・他は正確なデータを持っていないので省略
小計 53,958 43,283 38,183 28,779
合計 89,318 70,606 61,890 46,049

このデータでは穴水門前の両町の人口が2025年には半減してしまう事を表しています。穴水門前合併協議会のデータでは新町の人口は下の表のようになっています。

1980年 1990年 2000年 2010年 2014年
26,497 22,976 19,417 17,000 16,000
10年間の減数 3,521 3,559 2,417 ‐‐‐ 
10年間の減少率 13.3% 15.5% 12.3% ‐‐‐ 

1980年から10年間で約3500人ずつ減っています。減少率は13.3%から15.5%へ増えています。2000年から10年後の予測は、減り方が少ないような感じもしますが・・・???(^^;)

地図を見ます。
新町の面積は約 340平方km(穴水183.23門前157.54)町としては石川県で最も広い面積になります。

現実は、広い町の中心部に人が集まり周辺部からは、若者が減り老人家庭が多くなっています。それが更に進むはずです。

合併で最も気になる部分がこの点です。国は「車社会や情報発信の急速な発展で日常生活圏が広がり、広域的な町づくりの観点が必要」と言っています。

そして、合併で文化・福祉・スポーツ施設などを広域的に配置しITなどを活用し高い水準のサービスが可能だと言っています。そうでしょうか・・・?

日本のITが脆弱なセキュリティで整備自体が不充分だという事は、ネットをしている人なら誰もが実感していませんか?この広い町の、周辺部に暮らす人々にキメ細かいサービス(例えば、道路、下水道、老人介護、通学補助・・・等)を行ない続ける事が、どれほど人的にも金銭的にも大きな事なのか。合併特例法でこうした整備の予算が付き施設を整え事業を行なうことになります。でも、それを継続し維持していく経費も大きなものになるはずです。

「冬場、救急車を呼んでから病院に着くまでに1時間かかってしまいます」「鉄道が廃止されバス運行になると時間がかかり運賃が高くなります」なんとかして欲しいという町外れの者の声を伝えようとする一方で、何かしら疑問も生まれてくるのでした。

私がバブル期の政治家なら「真っ直ぐな太い道路をどーんと引いてみせる」と言えるかも・・・残念ながらバブル期でもないし、もちろん政治家でもないのですよ(^^;


 

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★穴水町・門前町の合併を紛糾させる北國新聞の記事に対して抗議する。はこちら

 ●4月22日(木) なんで市町村合併するんですか?

 


4月18日の日記に、私の元に届いた北國新聞への抗議方法を幾つか書きましたが、抗議以外の意見も取り上げておきました。意見は2件とも能登出身者で首都圏にお住まいの50歳代・女性です。

◎別の意見として
「合併って、そんなに良いことですか?」
「貴方の興奮は 分かるのですが・・・何故 合併しなければ ならないのかが 今ひとつ分かりません」


市町村合併に関して詳しい事は、国の方針ですから、先ず総務省のサイトへ。
http://www.soumu.go.jp/gapei/index.html

★「市町村合併とは?」「今なぜ市町村合併?」合併に関する詳細な説明、メリット、デメリット等の説明があります。・・・たぶん、殆ど読まないと思いますが・・・((((^^;


上のお二人にはメールで簡単な説明をしましたが、ここで、もう少し書いておきます。

多くの市町村は財政が苦しくて、国からお金「地方交付税」をもらわないと、施設の整備や住民サービスが十分にできない状態です。しかし、現在は国の財政も厳しい状況で国や地方の借金を合わせると719兆円もあります。このままでは借金がどんどん増えてしまうので、国は市町村の交付税を年々減らそうとしています。

そして出てきたのが今回の「平成の大合併」です。合併すれば、市長や町長は一人ですみ、議員も職員も減りますから給料が少なくてすみます。市町村の数も減りますから、国としては、地方交付税を減らす事が出来るというわけです。今、全国に市町村は約3000。2005年3月までに3分の1に減らしたいということです。

しかし、何か良い事がないと合併は進みません。その合併を進める為、国は「合併特例法」という法律をつくりました。2005年3月までに合併すれば、その後10年間はこれまで通り交付税がもらえるし、文化施設などの公共施設をつくる場合、国が借金の七割を払ってくれるという法律です。俗に「飴」と言われています。多くの市町村はこうした公共事業によって潤っているのです。市町村合併をする理由の最大点はここにあります。市町村合併が「結納金目当ての結婚」とも言われる理由です。

ところが、合併すると街の中心部に人口が集まり、町はずれまで役所のサービスが行き届かなくなる心配があります。合併前の町の文化や歴史が無くなる場合もあります。住民の気質や意見が合わない場合もあります。

こうしたデメリットや隣町同士の勢力関係、利害関係などで合併しない場合もあります。主に都市部では合併しないでも良いかもしれませんが、地方の小さな町村は、この先財政が成り立っていかなくなる畏れがあります。人口が少ないと市町村に入るお金は減る一方で、老人医療費や介護保険費用が増えますから。既存の公共施設の維持さえも出来なくなる場合もあるようです。過疎の町は都市部に比べて住民サービスが悪くなり一層人口が減るわけです。

「過疎でも良いではないか。自然と共にのんびり暮らせば良い」・・・と言う声も聞こえそうですが、職場も無く、学校も統廃合され病院も遠いしスーパーも無い。公共料金も高い・・・実際に生活するには極めて不便な状態で、そういう不便な環境が好きな人しか住めないはずです。また、1度手を加えた自然は人間がいなくなると違う意味で崩壊していきます。美しい棚田や水田も山林も管理する人さえいなくなってしまうのが過疎です。人がいなくなると言うのはその土地の文化も滅び自然も荒れるという事です。

こうして書くと私が合併推進論で固まっているような感じですが、j実際には、合併すると問題が解決できるわけではないのです。かえって問題が増える不安を持ってます。全国では合併計画が崩壊しているところも多いようです。

あえて、書きますが、国の方針で進められている合併です。しかし、最も大切なのは、その街の住民が本当に暮らしやすくなるのかどうかを考える事のはずです。「何が何でも合併する」とか「何が何でも反対する」ことでも無いはずです。

私の住む町(議会)が合併する方針を決めたのですから、合併の内容を、住民が暮らしやすいほうに考えるという事です。

★別の意見のお二人の質問には、「ふるさと」を大切にして欲しいと言う思いがこめられている気がします。
あくまでも私の感じ方ですが、合併をしないと故郷は荒れます。良い合併をしない場合も、やっぱり荒れるように思えます。


 

 

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 ●4月21日(水) 「本来の主旨」を考える。

 


昨夜11時から今日の午後1時まで、この日記を読んだ方は、フィクション「思う壷」をご覧になったことでしょう。今日の日記を読んでフィクションが無い事を不審に思われるかもしれません。

本日の午後1時に削除しました。
削除理由は「合併協議会を紛糾させる要素がある」と、私自身が判断したからです。もし、あのフィクションによって、合併問題が更に複雑になるようだと、私は日記で抗議している北國新聞と同じ過ちを犯す事になってしまいます。

北國新聞の「合併問題を紛糾させる記事を抗議」する為に日記に書いてきましたが、この町に住んでいる私にとって最も大切なのは「住民にとっての良い合併」を考える事だ思います。この書き方は奇麗事に聞こえるかもしれないのですが、合併で最も不利益をこうむるのは両方の町外れに暮らしている人たちなのです。

その、町外れに暮らしている私たちにとって更に大きなダメージが与えられています。折りも折り、住民の足とも言える「のと鉄道」穴水蛸島間の廃止が決定し、来年の3月で列車(レールバス)が走らなくなります。その後はバス運行になりますが、これの問題が最も大きいのが私の暮らしている周囲の総延長24kmの道路です。道幅が狭く段差があり、カーブが多く道の両方に民家が連なっている道路なのです。

合併に関して政治家はプライドをかけた綱引きをするのが仕事かもしれませんが、町外れに暮らしている者にとって、今の状況は「町外れは人が暮らせないところ」「嫌なら町外れに住むな」と言われているような状況なのです。

町外れに住む者として言わなければならないことが沢山あります。合併協議会の場で意見を言える立場に巡り合ったのですから、それも正味、残り数ヶ月です。紛糾することなく、本来の意見発表の場であって欲しいのです。門前側の不満は紛糾という形で表現する事ではなく、意見で明確に表現して欲しいものです。町民を代表する議員なのですから。委員なのですから。


 

余談として、「思う壺」の話しは結構ウケました。

我ながらブラックジョークとして良い出来だと思っています(^^;)

 

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★4月15日の日記が最後まで表示されない場合はこちら

 ●4月20日(火) 「思う壷」ですが、気分転換も必要です。

 


毎日堅苦しい話ばかりで疲れてきたので、今日はフィクションの世界に遊んでみました。

フィクション「思う壺」・・・。

いちおう、この『能登が好き』の日記は、事実に基づいて書いてますので、証拠や根拠のない事は、このページでは書かないのですよ(^^;)


 

まぁ、オフレコの話も書けば沢山あるのですが、何かを煽る為の文章は書きたくないものですね。 

 

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 ●4月19日(月) 北國新聞からの電話

 


夕方。北國新聞の記事執筆記者から電話がありました。会って話をしたいという事。

既に記者の言い分を十分聞いた私には、納得のできない事が残っただけです。残念ながら、会って話しを聞く気持ちも時間も無いです。その理由は、この数日の日記を読んでもらえば分かるはずです。

文章で返事を貰えることはなさそうですが、記事全文の掲載は正式に拒否されました。こうした明快な返事のほうが気持ち良いです。



穴水役場と門前役場の位置関係と私の住む地区

穴水・門前の合併がスムーズに行くためには両町の協議会委員の話し合いを、もっと蜜にするしかない。互いの町のことをもっと知るしかないというのは、誰しもが思うことで当然のことです。

それが、簡単にいくくらいならば、とっくに話しは進んでいるのです。

私の日記を読んでくれたネットの友人が、会議録を時間をかけて読んでくれました。内容をかなり理解してもらえたと思います。そんな彼とのメールのやり取りで「是非、書いたほうが良い」と言ってくれたことがあります。

門前町議員は門前町には公立病院が無く、穴水町が病院職員(看護師・技師を含む)を入れると不公平だというのです。(約350人対130人)病院を民営、法人化せよとも・・・・。

紛糾した3月の会議の休憩時間に、私は門前町の議員に 「私の地区と門前とは同じ条件です。冬場、救急車を呼んでから病院に着くまでに1時間かかってしまいます。そんなことを問題にして話しませんか」と言ってみました。喫煙場所で他の委員もタバコを吸っていたところです。
ギョロリと見られて話しは終わりました・・・・。

正直なところ、こうした状況では会話が進みません。。病院職員として、穴水以外に門前町や他の町の人も勤めています。なにより老人の多い田舎で病院を民営、法人という話しは無茶です。

今後役場の庁舎の位置や課の配置(分庁方式で決定しています)で、両町が綱引きをしていきますが、はっきり言って私の住む地区からみれば、どちらがどの課を持っていっても同じです。どれかが遠くなるだけの事です。

力のある議員が実力の見せ所として、頑張るのは政治的に当然なのかもしれませんが、私のような町外れに暮らす住民委員に出きる事は一体何なのかを考えています。たぶん、意見を言うだけで終わりそうですが・・・。


 

門前町の実力者達の言い分はわかりましたが、侮辱だとか非礼への謝罪がないだのと言っている限り、譲り合って話し合う事などできないでしょう。だいたい、そのプライドが紛糾の元ですから。

 

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 ●4月18日(日) 北國新聞への抗議方法
 


日記を読んだ方から北國新聞への抗議方法が幾つか届きました。

◎抗議方法
★北國新聞の関係者へ抗議ページの存在を知らしめていく事
★Yahooの掲示板に書く、2チャンネルの掲示板に書くとかでしょうか。
★石川県知事へ内容証明郵便で送る
★北國新聞社長宛てに内容証明で送ると確実に届く!
★やっぱり不買運動をする
★署名活動
★一人ではなく何人かの連名で訴える


◎意見として
「マスコミは、その記事の影響力に慎重になるべきでしょう。そして説明に対し、真摯に説明すべきと思いますし、又義務があるものと思います。」
「記者を能登から追放したらよい」
「ひどいですね。本当に傲慢だと思います。」
「私も北國新聞を読んでびっくりしました。」
「これ 印刷して配りたいくらいやわ! すべて同感!パチパチ〜」


◎別の意見として
「合併って、そんなに良いことですか?」
「貴方の興奮は 分かるのですが・・・何故 合併しなければ ならないのかが 今ひとつ分かりません」


北國新聞の記事とそれに対する私の感想・顛末は、下↓の4月15日の日記をご覧になってください。

ご意見はこちらまで


今後の方針はもう暫く考えてみたいと思いますが、「◎別の意見」が興味深いです。意見はいずれも能登出身で首都圏にお住まいの50代の方です。

それと、今回、北國新聞との対応で私は「○□をしますから◇△をして下さい」と事前通告の話し方をした記憶があります。それが、ある意味フェアだという感覚があったのですが、

 

この方法は、「かけひき」のようでもあり

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 ●4月16日(金) 北國新聞の傲慢さとペンの暴力
 


昨日の日記を読んだ方からメールとメッセージを戴いた。北國新聞の記事に驚いたという内容だった。

穴水町役場や合併協議会へ、私以外からも何通か苦情の電話があったことを知った。怒りを感じたのは私一人ではなかったのだ。友人からも電話があって、「北國新聞は紛糾を煽る記事を書いている。傲慢でペンで暴力を振るっているんだ」と。

本来、穴水町は、というか田舎は、こうしたことに反応することが少ない。殆ど黙って過ごしてしまう。私にしても、これまでに「抗議」などというものをしたことが無い。勿論その方法も知らない。どうしたら良いのか?

北國新聞社からは、正式な返事はもとより全く反応は無い。たぶん、私のような1個人の抗議など無視されているんだろうと思う。友人の言う北國新聞社の傲慢さとは、このことそのまま証明されるような気がする。

合併協議会で、門前町議員は協議会を紛糾させながら、言葉では「私は合併に反対しているんではないのです。むしろ良いものにしたいんです。大変な問題を抱えているんですから簡単に町の名称を決めてはいけないから、考える時間が欲しいのです」という内容を3人とも言っていた。流会にさせた時の意見だが、明らかに合併に反対しているのが分かっていながら、言葉では繕うことができた。

北國新聞に書かれたこれからが大変だという記事も、深刻さを煽って全く同じだ。彼ら文章のプロは表現が巧みだから、思っていなくても記事を合併推進の内容に整えることも簡単なのだろうと思う。

彼らは合併を紛糾させ壊す事によって、私には分からないメリットを得ることができるのかもしれない。・・・知るよしも無いが。

振り上げた握りこぶしを、下ろすことも上げ続けることもできない感じ・・・かもしれない。怒りと悔しさだけは心の中で溢れるほど大きい。それに比べて私の握りこぶしの小さいことだ。

(北國新聞の記事とそれに対する私の感想・顛末は、下↓の4月15日の日記をご覧になってください。)


 

風の強い畑で、野菜棚を作る母親を手伝いながら、漠然と考えていた。

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ご意見はこちら

 

 

 ●4月15日(木) 市町村合併を紛糾させる北國新聞の記事 その1
 


穴水町・門前町の合併を紛糾させる北國新聞の記事に対して抗議する。

日本全国、市町村合併問題に揺れ動いている今日この頃。私の住む町も例に漏れず隣町との合併を進めている。そんな中、私も穴水町・門前町合併協議会の委員の一人として、その末席に座っている。
昨年5月22日の第1回協議会から、ほぼ月に1回の協議会が開催され審議を重ねてきて(他に会議用の資料説明会と小委員会がある)、この4月12日の協議会において、ようやく新しい町の名称が決定した。「鳳町(おおとりまち)」。新町の名称を決めるのに、2月・3月と2回の協議会を門前町委員(議員)の発言によって流会にされていたのだ。

北國新聞4月13日朝刊の記事

さて、石川県の新聞で北國新聞というのがある。県内販売部数7〜8割を誇る新聞だ。新しい町の名称が決まった翌朝のこと。4月13日朝刊、その合併協議会記事の劣悪さに対して、激しい怒りを感じ、こうしてサイトの日記に書こうと決断した。(これまで、協議会についての内容は委員という立場なので意識的に書かないで居た)北國新聞社に対して記事の全文の掲載を求めているが、残念なことに、その許可が未だ下りていないので、この場では内容を要約して記述。4月13日の北國新聞朝刊をお持ちの方は、ぜひ36面・左上の記事本文を読んでいただきたい。


●その記事の見出し
「門前の5委員欠席」
●小見出し
「穴水主導の協議」に不満
とある。(記事の特定の為と、この見出しも問題なのでそのまま記述)

まず、ここからが問題だ。
この見出しを読むと「欠席した門前町の5委員が全員穴水主導に不満」のように読める。だが、不満が理由で欠席したのは門前町議3人で、他の2人は加療や個人的理由で欠席していて、実際は不満が理由かどうかはわからない。(事務局に欠席理由を確認済み・記者は裏を取っていないことを表明済み)

●リード部分には
「門前町議3人を入れた5人が欠席し、両町の町長の表情は険しい。そして門前町議会合併問題検討特別委員会に出席の議員11人中10人が穴水と合併することに不満を示したことで合併協議の難しさがある」と書いてある。

●本文(以下、記事原文掲載の許可が無いので要約)
欠席の門前町議の中には穴水主導の協議を警戒し、不満があるという。12日の協議会は成立し名称は決まった。しかし、門前町議会合併問題検討特別委員長のT議員の不満意見が紹介されている。「協議会は話し合いが無く、重要問題を後回しにしている。3月の会議で穴水町委員から非礼な発言があったが謝罪さえ無い」と。3月の会議は両町の調整項目に対する意見が合わず、町の名前が決まらなかった。合併協議の今後に対し両町長の表情は険しい。(以上・記事全文を要約?記事とニュアンスが同じになるように務めた)


(私の感想)
何なんだ?この記事は?!何が言いたいのだ!?門前町委員に不満がある?では、穴水町委員に不満は無いのか?何故門前町委員のコメントだけが特別に書いてあるのだ?「協議会は話し合いが無く、重要問題を後回しにしている。3月の会議で穴水町委員から非礼な発言があったが謝罪さえ無い」だと!このT議員は3月の協議会を紛糾させ流会にした張本人ではないか!穴水から非礼な発言があっただと?非礼な発言は、毎回門前町議員から発せられている。現実に私も「理由を説明してください」と質問したら門前町K議員から「おまえは、ケンカを売るつもりか!」と恫喝されている。(正確な発言は「穴水町・門前町合併協議会」サイトの第10回、第11回会議録・・・リンク許可を得ていないので検索で行ってください)この記事を書いた記者は誰だ?!何を血迷って書いているんだ!この記事を読んだ町民は、どう思うのだ?門前町の人は、この記事を読んで穴水町と合併したいと思うだろうか?

私の脳みそは怒りで溢れかえった。まるで3流のゴシップ誌のような見出しを付けている!この記事では民意の混乱を招くではないか!!誤解を招く為の記事なのか?いや、誤解などと言う曖昧なモンじゃない!何か別の認識を植えつける記事なのか?

 


続きは、その2へ↓

 

 

 ●4月15日(木) 市町村合併を紛糾させる北國新聞の記事 その2
 


4月13日 午前10時すぎ
(11時に近かったか?)
私はすぐに担当記者に電話をかけた。
「何故、こんな記事を書いたのか?一方的ではないか。門前の人が読んだら穴水と合併したいと思わないだろうが!」等など。
記者は返事をしたが(夕方、明確な文章を要求したが拒否され、その内容を書くことも拒否されたが)敢えて、その内容を書く。
「私は、事実を書いた。読み方は色々できます」
(北國新聞記事執筆記者へ:内容が違っていたらメールで正確な文章を送付のこと)
これでは答えになっていない。そして、彼は意味不明の話しをした。「観音様のような気持ちになってください」・・・と。????何かの例え話らしいのだが、私には意味が分からなかった。他にも例え話を沢山言われたが、私の質問に対して真摯な姿勢で答える気がないような気がした。「○◇記者さん、あなたの例え話は、私には理解できない」と言った記憶が、今でも鮮明に思い浮かんでくる。彼流の話し方でギャグだったのかも知れないが、とても不快だった。

どうにも、彼の説明に納得のできなかった私は北國新聞本社へメールを入れた。

4月13日15時01分(この文中、中段以下に内容記載)
記事内容に異議を申し、北國新聞社の説明を求めた。
私のような1個人の抗議は無視される可能性があるので本社へ電話して着信を確認した。メールは本社から地元記者に転送され彼からの電話が鳴った。「あんた、なんてことするんですか!」「私はアンタの答えに納得できなかったから本社にメールを送ったんです」と。

メールでは北國新聞記事に対して8項目の異議を申し立てた。

私はこの時、まだ自分自身の怒りの大きさに気が付いていなかったように思う。そして、その後、記者と話しをするたびに怒りが大きくなった。彼の話しは、いつも本筋をはぐらかそうとしていた。そして、内容確認の為に記事を30回ほども読んだろうか・・・記事を読み返すたびに激しい怒りに襲われた。

4月14日。
朝9時、私個人の訴えだけでは無視される気がしたので、「事務局から公の抗議をして欲しい」という旨を電話で依頼。事務局は「他からも電話があり、変な記事だという意見があるので協議会会長と相談します」という返答を貰う。けれど、その夜、友人と電話した折り、この話になったが「役場・事務局は訴えないと思う」と話した。

私は、この時、北國新聞へ抗議の意思表明をするのに最も良いのは何かと考えていた。他の新聞への投書?サイトの日記に書く・・・他に???この新聞社に対して最も効果的なのは購読拒否活動なのか?不買運動の署名集め????他は何だろう?・・・と。

夕方、記者に電話で「正確な文章を書きたいので、メールでコメントを下さい。」と重ねて言った。彼は「あんた、それ、どうするつもりだ?」と聞いてきた。この段階で、何に使うか私は決めていなかった。彼は記事を書くのに1分1秒を競っているところだと言った。後ほどの連絡を待った。8時・・・9時・・・10時・・・メールで貰えるとコピーペーストで正確な記述ができる。そんな甘い話しは有り得ないかなと思いながら連絡を待っていた。

4月14日。夜10時半、
その記者は突然やって来た。事前に連絡も無くだ。「今、玄関の前に居ます。直接に話がしたいんです」と彼は電話で言った。彼としては誠意を持って、顔を見て話したいというつもりなのか知れないが、正直言って、まだ仕事をしていた私には、迷惑な話しだった。だが、せっかく来たのを追い返す訳にもいかない。

そして記者は記事を書いた真意(彼の言い分)を私に語り出した。私はメモ用紙を取り出し鉛筆を走らせた。すると記者の顔色が変わった「あんた、何する気や?」「正確に書こうとしている」そして、「何に使うつもりだ?」としつこく聞いてきた。・・・「ホームページの日記に書く。場合によっては、他の新聞に投稿する。私の出している《情報誌・能登が好き》という本に載せるかもしれない・・・」
彼は私の記述を拒否した。当然かもしれない。だが、私の怒りは、それほどまでに大きくなっていた。
「ホームページや能登が好きに、記事の全文を掲載しても良いですか?」の質問に「私の判断では答えられない」と言ったので、本社に聞いてくださいと頼んだ。

それからは、私がメモしないという条件で彼は合併協議に関して話しをし出した。・・・いつしか時計は12時半を廻っていた。疲れた私は「今日は、これまでにしよう」と言ったが、結局1時過ぎまで付き合う事になった。彼は私の気持ちを解きほぐそうとしていたようだった。「あなたの話しに耳を傾けるけれど、文章にする気持ちは変わらない」と言って帰ってもらった。その後この文章の下書きを少ししたが、疲れて布団にもぐりこんだ。だが、神経が冴えて眠れない。彼の言葉が脳裏を駆け巡る。それを私の怒りが追いかける。・・・結局、一睡もできなかった。

4月15日が明けた。
もう、決着をつけよう。いつまでも引きずっている訳にはいかない。
8時半。「おはようございます。今夜、私のホームページの日記にあなたのコメントを書きたいから正確に伝えてください。それと本社から記事全文の掲載の許可は貰えましたか?」と電話した。昨日と同じではっきりしたものを言わない。どうやら、本社に連絡していないようだった。「本社にメールしても良いですか?」「なんでそんなこと聞くんですか?」と尋ねられた。・・・なぜか分からなかったけれど「フェアでないことしたくないから。・・・別に断らなくて書いても違法じゃないけど。あんたに記事を書いてもらったこともあるから・・・」私の編集する《情報誌・能登が好き》モノクロ写真で一段20行程の記事を2回(1号と2号)・・・他にも何かあったようだが・・・思い出せない。

4月15日9時29分 
メール送信。この件に関して最後通告、という気がした。(メールは原文のまま貼りつけ)誰に出したらよいのかさえ分からなかったので、とりあえず社会部担当者様にした。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
北國新聞社 社会部担当者様

《北國新聞4月13日付「門前の5委員欠席」「穴水主導の協議」に不満》
の記事に対して、4月13日にメールを致しました
穴水町在住、(本名)と申します。
私は穴水町・門前町合併協議会の一委員です。


私の異議内容に関して◇◎局より説明を受けましたが
良く理解できませんでした。
申し訳ありませんが、
下記の質問8項目に対する返答をメールにて御返信をお願い致します。


また、《北國新聞4月13日付「門前の5委員欠席」「穴水主導の協議」に不満》
の記事全文を私のサイトに掲載したいと思いますが、
本社のご許可をお願い致します。

本日午後11時より私のサイトにおいて
http://www2.ocn.ne.jp/~notonote/
(このサイト内部『日記』にて)
《北國新聞4月13日付「門前の5委員欠席」「穴水主導の協議」に不満》
の記事に対しての北國新聞社の対応内容を記載していきますので、
事実と誤りがある場合はメールにてご指導下さい。

―――――――――――――――――――――
住所:
氏名:
電話番号:
メール:を明記した
―――――――――――――――――――――

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(ここからは、4月13日15時01分送付文章を貼りつけ)

○○様
北國新聞4月13日付「門前の5委員欠席」「穴水主導の協議」に不満
の記事に対して

穴水町在住、(本名:記述)と申します。
私は穴水町・門前町合併協議会の一委員です。

この記事は
★欠席した委員の発言のみを記載した記事で、公平さや中立性に欠け
★事実誤認と内容に対しての裏づけも無い偏った記事です。
★また、門前町議の「かけひき」をそのまま記事にしていて、
一方的に穴水側が悪いという印象を与える記事になっています。
以下、その理由

● 記事本文
(送付メールでは記事本文より抜粋・説明のため数字付記)

★記事内容の否定理由
● (1)合併後の職員数、身分の扱い、・・・
職員定数は平成15年9月10日第5回穴水町・門前町合併協議会において
協議第24号「一般職の職員の身分の取り扱いについて」で審議され、門前町委員も
出席の上承認したものです。
当日の審議で門前側の意見が明確でなく内容の無いものであったため
提案内容通り承認されています。
問題は、門前側に不都合な内容として、
今になって決定事項を翻し混乱させていることです。
● (2)本庁舎の場所など・・・は、
今後、小委員会で論議され協議会に計られるスケジュールが既に組まれています。
後送りという事ではなく、スケジュールに準じて話し合いができるものです。
● (3)穴水側主導で協議が進む・・・
という記事の記述は「穴水側が強引な方法を執って会議を進めている」という
印象を読者に与えます。
実際に強引な方法を執っているのは門前側の委員です。
● (4)門前町議会合併問題検討特別委員会・・・
そもそも、こうした特別委員会には勉強会などの意味はあっても、
決定機関や協議拘束をするものでは無いはずなのに、合併協議会での協議よりも、
門前町の委員が、この委員会の協議を優先していることが、
合併協議会自体を軽視し、協議会での議論を混乱させ協議を成立させなくしています。
● (5)両町の話し合いは議論を欠き・・・
論議を欠いているのは門前側の委員の発言です。
第10回穴水町・門前町合併協議会(平成16年2月12日)において
「新町の名称について」の審議で門前側委員から
「議会で検討したいので待って欲しい」
という意見があり1ヶ月待ちました。
(本来は協議会で審議すべき問題ですから、待つ必要の無いことですが)
しかし、第11回穴水町・門前町合併協議会(平成16年3月10日)において、
その報告も無く、(ただ待たせただけです)更に「門前側の意見として、
今回(第11回・3月10日)は町名を決めない」という一方的な意見を出し、
協議会会議は紛糾したのです。
つまり、彼らは2ヶ月間にわたり、明確な説明も無いまま過ごさせたわけです。
● (6)重要な課題を合併後に回そうとしている。・・・
に関しては、(1)(2)に書いた内容です。
また、重要な問題であれば、
門前側として各項目毎に再審議を請求するという方法もあるはずなのに
協議会で行なおうとしていません。
● (7)私たちへの非礼な発言にも謝罪が無い」・・・
に関しては具体的に何を表しているのかが不明です。
協議会でルールを無視し、協議会自体を軽視し、
各委員に対し非礼な発言を繰り返しているのは門前町議です。
また、威嚇的内容や挑発的発言も多くあります。
● (8)3月の前回協議会では・・・中略・・・新町名の決定が見送られた経緯がある。
これに関しては(5)の説明、3月の会議だけではなく2月の会議が紛糾の発端です。

★ これらの内容に関しては(‐‐‐‐‐アドレスを明記した)
穴水町・門前町合併協議会のサイト・協議会の状況・会議録をご覧になってください。

★以上、本日(注4月13日)の《「門前の5委員欠席」「穴水主導の協議」に不満》記事に対して
抗議を申し立て、北國新聞社の説明を求めます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

えぃつ!と送信ボタンを押した・・・。返事が来そうな感じも無いのに何をやってんだろ俺?と思い、苦笑するしかなった。

午後、穴水町・門前町合併協議会事務局から連絡があり、係がやって来て「協議会からは新聞社へ正式な抗議はしません」という報告を受けた「うん、そうだと思っていた」と答えた。「ただ、他にも記事へ苦情があったので、居合わせた会長が記者に今後注意して書くようにと言っていました」「分かったよ。役所としてはそうだよね。でも、私は個人として彼と別な関わりがあるんで苦情は言うけどね」

15日午後5時45分電話が鳴る。
北國新聞の記者からだ。「あの〜、この電話も文章にするんですか?」「はい、します」もう私の言葉は事務的機械的返答だった。「そんな事、言わないで・・・話しましょうよ」また、のらりくらりとした話だ。私を言いくるめようとしている。「話しはもういいです。アンタの顔も見たくない。今回のことで本気で北國新聞が嫌いになったんだ!!!」ぐわっと怒りが込み上げてきた!「とにかく、北國新聞社のコメントをメールで下さい!」たぶん、最後は怒声だったと思う。受話器を勢い良く置いた。

 

 

続きは、その3へ↓

 

 ●4月15日(木) 市町村合併を紛糾させる北國新聞の記事 その3
 


怒りの素
彼には、私の怒りの大きさが分かってない。
私は、この合併にもろ手を上げて賛成していたわけではない!穴水町の一番端ッこに暮らしている一人の住人だ。廻りに合併をしたいと言う者など誰一人居やしない!門前町の住人と、いわば同じ位置関係、同じ立場の人間だ。政治にも権力にも最も無縁の文化バカのような気がする。どんな理由だったか知らないが、協議会の委員に指名されていただけで地域住民の代表というわけでもない。選挙で選ばれたわけでは無いのだから。でも、地域住民の一人として、新しい町への意見を言うことが出きる。巡り合った良い機会だと思ったんだ。だから、新しい町のイメージを考えた。将来の町づくりへの意見を考えた。積極的に、建設的に。資料も調べた。ネットで目に付くものを片っ端から読んでみた。書物も読んだ。分かったことも今でもわからないことも繰り返して。

新しい町の特徴は何だ?町づくりって何だ?文化って何だ?コンサルタント会社がありきたりのイメージを提案してきた。バカ野郎だと思った。もっと意味のあるものを、とその案をひっくり返した。もちろん、自分で学んだことのイメージを描いてだ。何枚となく無駄なイメージを描いた。採用されたのは、ホンの一部だった。それでも良かった。「実現しなくても、新しい夢が見れる町が良い」と誰かが言った。「合併の時しかできないことがある」と他の委員も言った・・・それしかないと思った。絵に描いた餅と知っていても、子供達にも話すことができると思った。

この両町の合併は、決してベストの組み合わせではない。だけど町議会が合併すると決めたら、相手の町のことを知ろうとした。イベントにも出かけた。人の話しも聞いた。能登の歴史も紐解いた。内海と外海・・・違いすぎる。でも、能登でその両方あるのはこの町しかない!!!それは、大きな魅力だといえる。それで良い。もともと、文化は風土に根付いたもの。人が居るから文化がある。人が居なくなったら文化も滅びるんだ。人を育てて欲しい。ものを作って欲しい。合併協議会・新町の将来構想でそう言った。

ガキのケンカ?
合併協議会はうんざりだった。なんなんだ、この会議は、ガキのケンカかよ?能登弁で罵りの言葉が飛びかう。実力者といわれる議員が欠席を続けた後、出てきたときに過去の審議内容をひっくり返そうとする。北國新聞はその委員のコメントのみを記事にした。「私の記事は正しい」と記者には反省の色など微塵も無い。勿論、誇り高き北國新聞が謝罪などするわけが無い。一方的でも正しいと。北國新聞とは、そういう新聞か。日記にこの文章を書いたこと、北國新聞社は、名誉毀損か何かで私を訴えるが良い。何処へでも出ていって同じ事を言う。

協議会上、質問をすると何かの勲章を貰った偉い議員から「キサマ、何の気になっとる!ケンカ売っとるのか!」(会議録では:一人一人いい気にいなって、何の気になっているんだ。何を考えているんだ。けんかするのなら構わないぞ)と罵声を浴びせられた。それでも普通の言葉で意見を述べた。穴水の若手委員はそうしてきた。逐一聞いて確認などしていないけど、私には、そう見えた。敢えて、私もそうしてきていた。勿論これからもそうしていく。新しい町が出きるまで。いや、出きてからもだ。

今は合併に意欲的になって欲しい記事が必要なのだ!!!
繰り返して書く。門前住民が読んで、どう思うんだ?「門前の偉い議員に対して、穴水町民は強引で、礼儀をわきまえないで謝罪もしない人たちだ、と読む」私が何人かに聞いた意見はこれが殆どだ!もともと門前町民の多くは穴水と合併をしたかったわけではない。その町民の不満を煽る記事ではなく、むしろ、今は合併に意欲的になって欲しい記事が必要なのだ。穴水町委員が読んで、唖然とするしかない記事に激しい怒りを覚えた!彼に掻き回された穴水町委員の不満は何処に書いてあるんだ!

穴水町委員の気持ちの中に、
彼をはじめとする門前町議によって広められた「合併への嫌気」の声が、何人から発せられ、どれほど大きいもであるか、記者は、知っているのか!!!「あんな者たちと合併せんならんがかい」「いつでも、やめっぞ!」・・・委員から聞こえる声は次第に大きくなっている。実際に、私の心の中にも、門前町議によって植え付けられた。

対立の構図を作り、会話を成立させなくし、深刻な問題を生み出した張本人のコメントだけを載せた今回の北國新聞の記事によって、合併への嫌気部分が更に大きく育ってきた。この記事は、合併を紛糾させた強引な加害者を被害者に仕立てているのだ。

その張本人の欠席した会議では、他の門前町委員が積極的に発言をしていた!事務局が家に来た時に言った。「あの人たちは、穴水の人に悪かったと思ってるみたいですよ」
生き生きとした表情が印象的だった。溌剌とした言葉に好感を覚えた。

門前町議員によって失われた信頼を、議員以外の委員達が取り戻そうとしている姿があった。

門前町にとって、この合併が不利な状況になっているとしたら、その原因は、三人の門前町議員の言動にある。

信憑性と信頼度
北國新聞社は、問題を深刻化させた張本人の記事を書き深刻さを増幅させていくつもりなのか?
私にとって、この記事とこの一連の北國新聞の態度は、その情報の信憑性の無さを確認させて、最も信頼できない人だという事を確信した。

改めて言う。
北國新聞・4月13日付け朝刊「門前の5委員欠席」記事は、事実誤認があり内容の裏づけもない。偏った事実のみを書き、住民感情を悪化させ合併を難しくする方に向わせた記事であり、穴水町・門前町合併問題を更に紛糾させる可能性が高い記事で、これに対して、厳重に抗議する!

 


    m(__)m
 

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 ●4月13日(火) 止まった時間
 


4月が、もう中旬。

桜の花も散り始めてきた。

慌しい毎日、車の中から目にとまったスナップ。

川面に『いさざとり』の人影。

夫婦だろうか。

ずっと座っているシルエットは

まるで、時間が止まっているようだ。

一瞬、動き出す時、

足もとのテコを踏み網を上げ

柄杓で『いさざ』をすくう。

それを2、3度。

そして、また止まった空間に

キラキラと光りが動いている。

能登の春のひと時。

 


 

・・・(^^;)オイオイ
 

 

2004/04/13〜

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